今から30年前に書かれた本「高齢化社会 by 吉田寿三郎先生」には、以下のように書かれている。
「日本の少子高齢化によって、30年後(2010年)には新宿、上野、池袋などの風景は、乞食同然の老人群が群がり横たわっており、これらの起こす屎尿、失禁の臭いが立ち込めている。それに混じって老人臭、更には死臭も漂ってくるという、高齢化に伴う新しい糞尿譚の物語になる。」
しかし30年後の現在は、(今後その傾向は予想されるが)そのようにはなっていない。その理由は、種々の有効な高齢化対策が実行されて来たからである。尤も効果があった対策は就業定年の延長であり、それ以外の対策には、ほとんど効果は見られない。したがって今後の高齢化対策も定年の延長または再雇用制度が効果のある対策と考えられ、それ以外の方策は考え難い。
定年は55歳から現在の65歳まで約30年間で10年延長されたことになる。ここまでは若干の制度変更によって延長が可能であった(実態は同じ仕事を続けることが可能であった場合が多い)。しかし、さらに定年を延長させるには、かなりの制度改革が必要であろう。すなわち80歳近くの人は従来と同じ仕事が出来ないので、どのようにして働くかということであり、又、それに伴う若年者の仕事確保である。
高齢化対策の本来の目的は、寝たきり老人、または精神異常老人を作らないことにある。つまりはポックリ死を実現する対策である。つまり何らかの生き甲斐が必要である。
私の考えとして、高齢化と農業自由化の一石二鳥の対策として、(農作業経験から)農業の活用を提案する。その一つは、農業を法人化し、退職高齢者の転職受け皿とし、自由時間労働に近い勤務形式にすることである。逆に言えば、その為には農業作業者(経営者、技術者ではない)から若者を放逐することも必要である(大部分の農作業は若者のやるような作業出ではない)。
他の一つは、高齢者が農業を基盤とした自給自足の生活が出来るようにすることである。実際に畑地を借用して、片手間農業に勤しんでいる老人(リタイアした人)はかなり多くなってきた。(私も自給自足にトライしている、農場見学は何時でもOK)。
現状の農業(農協と過保護主体)に競争力が無いことは、明らかであるにも拘わらず、従来政策(大規模経営など)の延長でしか農業を考えていないことに、問題がある。農業が現状のように、規制で雁字搦めになっている限り、(TPP対応に拘わらず)農業のみならず、高齢化対策も不可能になるだろう。
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