2015年9月24日木曜日

クリーンディーゼル

フォルクスワゲンのクリーンディゼル不正事件が世界を賑わしているが、クリーンディゼルなどと云うものが有りうるのか、基本的に疑問である。
ディゼルエンジンにしろガソリン(オットー)エンジンにしろ開発されて100年以上、環境対策が言われて数十年、その間若干の改善は有ったが、大幅な改善は無い。原理原則が不変、即ち熱サイクルが固定されている訳で根本的な改善が無いのは当然の結果であろう。
この間、関係技術者は長年の開発実績よりディゼルエンジンの性能限界を見切ったのであろう、その結果としてソフトを誤魔化す不正に走ったと想像される。
ディゼル車にガソリン車と同様にハイブリッド(バッテリ搭載)にしたらと云う提案もあったかもしれないが、これで環境対策が抜本的に改善されることは考えられない。バッテリを利用してブレーキエネルギを回収するとか、最適運転条件になるように電動補助するとかは可能であり、それによってエネルギ効率の向上は図られるだろうが、環境対策に大きな効果が有るとは考え難い。
それより今関心が有るのは、トヨタやスズキがこの件についてどれだけのことを知っていたかと云うことである。トヨタがワーゲンと手を切りマツダと提携、スズキはワーゲンと絶縁し全自社株を買い取った。トヨタはワーゲンの技術を自主解析し、経営判断した可能性はあるが、スズキはそれ以外の方法で情報(技術情報の提供拒否、等)を入手した可能性もある。
いずれにしてもスズキの爺様は対した玉だ。

2015年9月2日水曜日

日本の恥部

一連の五輪関連事故は日本の恥部をさらけ出してしまった。すなわち上に立つ者(Establishment)の能力が落ちていると云うことである。
かっての日本の国民は全員がテレビを見ていたかもしれないが、現在はテレビを見る下級国民とテレビを見ない上級国民に二分されるようになった。しかるに、そのことを理解出来ない馬鹿が上に立っている。
例えば、五輪組織委などはその典型で、エンブレム問題で、専門家には理解出来るが、一般国民には理解出来ない、などと国民を蔑視にしたような寝言を言っている。実際は上級国民の方が進んでいて、上級国民はパクリとは関係なく、デザインが悪いと言っているのであるが、組織委はそのことが全く理解出来ていない。私の周りでは、パクリの指摘が出る前から、エンブレムに賛成する人は皆無であった。前回の東京五輪をはじめ、過去の種々のエンブレムに付いて、非難は殆ど無かったことと合わせ、反省してみる必要がある。
日本で最も遅れている部分が、マスゴミと宣伝(デザイン)である。つまり彼らは自分たちが上に立つ者で、国民が下に居ると誤解している集団である。今回のエンブレム事件は、たまたま宣伝部門が顕在化したに過ぎない。近い将来はマスゴミ部門の問題が続出するであろう。