2013年9月27日金曜日

機会の均等、規制緩和

機会の均等や規制緩和、即ち自由社会を主張(希望)する人が多いが、彼らは同時に格差縮小も主張(要求)する。人間には能力差があるから自由社会になれば格差が拡大するのは必然であり、彼らの主張は明らかに矛盾である。自由社会に必要なことは格差社会を是認した上で、格差の定義(評価基準)を明確にして、定義に応じた手当をすることである。
然るに日本では格差の定義についての議論が殆どないので、場当たり的な手当(法律毎に弱者保障基準がバラバラ)とならざるを得ず、社会の混乱を招くのである。
具体的には、体力、精神力、家族構成、生活環境、所得、不動産、金融資産、その他諸々の要素を勘案した格差(弱者)評価手法の確立が必要である。それが嫌なら、自由社会を主張しないで、社会主義、分かり易く言えば国家社会主義を主張すべきである。

2013年9月25日水曜日

JR北海道

JR北海道に関するマスゴミの主張は従来同様の偏向・間違い一色である。まず直接原因には一切触れていないし、経営責任に付いてもピント外れである。つまりマスゴミの主張は、収入が少ないので保全人員(技術者も含め)を減らさざるを得なかった、維持するためには政府支援を増大するか又は国鉄に戻すべき、と云うものである。
直接原因は明らかで、それは技術者が居ないことである。検査不合格ならば、徹夜してでも直す、出来ない場合はそれを内部告発する。検査条件に異論があるならば、それを反証し訂正する。それが技術者である。
検査不合格なのに、経験的に問題なしとして放置するなど、これは技術者が不在の証拠である。課題は何故技術者が居なくなったか、と云うことである。例えば意識的に高給の技術者を解雇した、または労働組合が技術者をいびり出した(北海道労組の特徴)などが考えられる。この点を明確にすることが優先される。
次に経営者の役割はJR北海道をそのまま維持することではない。分かり易く言えば、どのように縮小するかである。自動車道路が発達し、人口が減少する中で、北海道に鉄道がどの程度必要なのか、それを考えるのが経営である。収入が少ないから安全面で手を抜くなど最低最悪で、経営以前の問題である。現在の経営者の全員即刻解雇が急がれる。
それにしても毎度ながらマスゴミの偏向(低能?)は、なんとかならないのだろうか。

2013年9月20日金曜日

インターネットと盗聴

米国政府がインターネット情報(及びその他個人情報)を盗聴していることが避難されている。しかし何故避難されるのか理解出来ない。
米国は自由と民主主義を破壊した訳でもないし、報道の自由を妨害した訳でもない。盗聴してはいけないと云うルールがあって盗聴したのならば犯罪であるが、そんなルールは明確になっているのだろうか。盗聴されたくなければインターネット以外の手段を用いれば良い。
そもそもインターネットは自由に盗聴しても良いと云うルールを確立すべきものである。また社会の安定のためには個人情報保護の範囲は最小限に絞るべきである。が、現実はその逆方向にあり、社会は不安定にならざるを得ないだろう。

2013年9月17日火曜日

非嫡出子相続判決

最高裁の非嫡出子の相続を嫡出子と平等にすると云う判決に付いて、賛否の議論が多いが、基本的疑問に答える議論はない。家庭の時代変化や個人の平等、世界の常識に関する説明はあるが、それは個人の好みの問題に過ぎない。
日本は①法治国家である。②法律婚である。③重婚禁止である。従がって、非嫡出子は存在しない理屈になる。逆に存在するならば、どこかで法律違反が行われているはずである。結論を言えば、非嫡出子を認める最高裁は、法律を守ると云う視点のない馬鹿の集まりである。
重要な課題は増大する非嫡出子をどうやって防止するかであるが、その対策に付いての具体策が政府から出て来ないのは残念の極みである。重婚罪の厳罰化が日本国家の未来を保証する唯一の道ではないのか。

2013年9月16日月曜日

海印寺(Heinsa)

   
巨大寺院、八万大蔵経の海印寺(Heinsa)へ行って来た。大邱(Tegu)からバスで1時間半あまり西方にあり、新羅(Silla)の都・慶州(Gyonju)からは遥かに遠い伽耶山中にある。唐に滅ぼされる前の線香花火かもしれないが、三国統一後の新羅が如何に強大であったか良く分かる。
それにしても最近の日本語離れは激しい。30年余り前は日本語で不自由無く仕事をしていたのであるが、今や殆どの観光案内所でさえ日本語は通じなくなっている。さらに民族教育の行き過ぎが悲劇を生んでいる。つまりハングルが出来る以前の固有名詞(表意文字)まで全部をハングル(表音文字)に書き換えたため、由来や意味が分からなくなってしまったのである。そんな矛盾を何とも思わない彼らの歴史感は、到底日本人の理解出来る範疇にはない。逆に民族教育の全く無い日本は不思議の国と言わざるを得ない。

2013年9月3日火曜日

再々 福島原発

福島原発汚染水漏えいに付いて、防油堤のバルブ開が原因である。東電にバルブ開など聞いたことも、見たことも無い、と問えば、あれは防油堤では無く漏えい検出器だと答える。それじゃ雨の日はどうやって検出するのか?さらには汚染水に着色するとまで言い出している。つまり本件に限らず津波対策から始まって、多くの設備において技術者の感覚では考えられないことが東電では起きている。東電に金がない、やる気がない、モラルがない、と言われているが、それは違う。その事実誤認が最大の問題である。事実は東電および東電を支援する専門家(多分研究者的人が多いのだろう)に技術者的感覚が無いのである。解決策は電力業界や専門家以外の普通の技術者を集めることである。

進歩的文化人の扱い

進歩的文化人の扱いは難しい。しかし戦争反対、原発反対と職業として(金儲けのために)言う、幼稚な福島某などの扱いは問題にならない。つまり、遠からず彼女らの論理矛盾や捏造がバレて誰も相手にしなくなるからである。しかるに進歩的文化人とは言われるけれども、異常文化人の扱いに付いては、処置が必要だ。
彼らは原発反対と言っていたが、石炭火力の方が原発より悪影響が大きいと分かれば、石炭火力にも反対し、今や江戸時代に戻るべきだと主張している。彼らに、弱さや愚かさを無限に許容し、個人の人権、尊厳、平等ばかりを云うと、人間が劣化するのではないか、と問えば、人間はお互いに労わり合いながら共に滅びればよいと答える。最近はこのような文化人が増えたような気がする。このような文化人の処置をきちんとしないと、日本の滅亡は現実になる。