原発反対はヒステリックな国民運動となっているが、遺伝子操作等に関してはそのような状況には無い。原発では少々の実害が発生したので、そのような状況になってしまったのであろう。
原発と遺伝子操作と、どちらのリスクが大きいかは簡単に結論が出せるものではなく、永久に結論の出ないものであろう。殺人ウィルスが洩れて世界中に蔓延することなどを想定すれば、原発よりこの方が、はるかに被害が大きくなるはずだ。
日本について更に云えば、自殺で毎年3万人、交通事故で1万人が死亡する。これらは問題にはなっているが、原発(一人も死亡していない)の様にヒステリックな反対国民運動にはなっていない。
その理由として、原発は技術的に(理性で)問題解決出来ないが、他のものは技術的(理性で)に解決できると、国民が錯覚しているからである。
しかし実際は、福島原発の技術レベルが余りにも低かったに過ぎない。つまり馬鹿技術者がその設備を作った、馬鹿技術者を集める体制になっていた、等の低レベルの話に過ぎず、日本の体制異常を示すだけの問題である。例えば、10メーター以上の津波記録が多数あるにも拘わらず馬鹿科学者の数メーターの津波予測に従って設備を作るとか、非常電源を地下に設置するとか、通常の技術者では想像も付かないようなテンプイラ設備であり、このことは技術の原理原則に波及する話ではない。(女川原発では、馬鹿科学者の数メーターの津波予測に対し、普通の技術者が十数メーター津波の対応設備を作っており、被害がなかった)。
真実の姿は、技術的に最善を尽くせば、なんでもそこそこに(大被害が無い様に)やって行くことが出来る、と言うことであろう。(飛行機事故があって飛行機がなくならないことと同じ)。しかるに日本の原発は最早技術的に最善を尽くせなくなる状況になりつつある。つまり、ますます優秀な技術者、優秀な学生が原発には行かなくなるので、このままでは原発の縮小は必然であろう。逆に国民が原発をやろうと団結すれば原発の安全は確保されることになる。
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