以前、日本の常識は世界の非常識、という言葉が流行ったことがある。あれから何年も経ったが未だに、このことは全く改善の傾向が見られない。
原爆廃絶運動はその典型で、原爆には誰もが反対であるが、そんなことに力を注いでも全く意味が無いことは明白である。歴史的に原爆を廃絶した国は無く、原爆保有国は増加の一途である。病気、災害、テロ、戦争などで毎日が脅かされている人々にとって原爆廃絶などに考えが及ぶはずが無い。
原発に付いても同様である。日本が廃絶してもそのことは世界の常識とは全く関係がない。日本の原発反対運動で、特に気に掛ることは、その旗振りをしている人々は、金持ちと老人であり、それに踊らされているのが貧乏人と若者である。金持ちと老人は原発が無くなっても全く困らないが、その影響を受けるのは貧乏人と若者である。しかし、貧乏人と若者は自分で考えるということが出来ない。日本の致命的な問題は、貧乏人と若者に自分で考えると云う能力が無くなっていることである。自分で考えると云う能力が無くなっていることが日本の没落にも繋がっている。その原因の一つは、ゆとり教育であろう、今思うに、ゆとり教育は正に万死に値する重大犯罪だった、と言わざるを得ない。
原発問題の回答は簡単明瞭である。福島のような出鱈目な原発は当然廃絶すべきであるが、安全な原発は拡大すべきである。すなわち、犯罪的なことさえなければ原発は本質的に安全であるが、現在の日本のように、犯罪者を取り締まれない様な状況では原発は廃絶すべきである。
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