政府、国会、民間、東電、4つの原発事故報告書が出揃ったが、何れも原理原則、本質から外れた、役に立たないものと云わざるを得ない。私の知り合い(技術者仲間)も同様な意見であった。
何れの報告書からも、国民が事故後の内閣や東電の対応に注目を向ける様に仕向ける、つまり、本質を隠蔽する意図さえ感じる、事故後の対応などは、本質安全とは関係はない。
そして技術的に幼稚(非常識)な、多数の間違いを指摘しているが、これは間違いではなく、意図的な間違い、即ち関係科学者や技術者の犯罪なのである。
最も低レベルの報告書は国会事故報告書である。その責任者はポピュリストの典型で、彼からは科学的な発言は全く無い。このような人間が科学者として大手を振っていることが日本を没落に導いているのである。
政府事故報告書の責任者は、報告書の目的は知識(技術)を体系化することにある、と云っているが、福島原発で行われたこと(特に設備設計で)は、技術的に非常識なことばかりであり、体系化など格好を付ける以前の問題である。
福島原発関係科学者や技術者は、市中引き回しの上獄門打ち首にしない限り、原発の安全は保障されない。原発に限らず誰も責任を取らなくなったことが、日本の没落に繋がっている様に感じる。万死に値する(その典型は鳩山某)と言う言葉も今や死語になってしまった。
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