2015年1月28日水曜日

From Davao, not from Davos

ダバオにて感じることは、変化が少ない、と云うことである。前の場所に前の物が有り、前の人間が待っていてくれる。
韓国、中国で30年余り行き来した経験とは全く違う。韓国や中国では来る度に町の様子が変わり、前回とは違う町に思え前回と同じ生活が出来ない。台湾も変化が激しかったが、古い物、戦前の物をキチンと残しているので一応安らぎが有った。韓国や中国は古い物を全部壊して無くしてしまうのである。
何故ダバオが殆ど変らないのか、戦前の日本人社会の教育や2世3世が
残っていて、それが理由で何とかと言う人も居るが、真の理由は現状で大きな不満が無いからであろう。格差は日本よりは、はるかに大きいが、深刻に考えている様には見えない。これも中国や韓国の様に不平不満が充満している社会とは全く違う。
ダバオでは貧乏な人にはそれなりの食事(場所)があり、金持ちには金持ちの食事(場所)が有る。そして、それなりに幸せに見える。人間の幸せとは何なのか考えさせられる。


0 件のコメント:

コメントを投稿