学者とは出鱈目な者である、言うこと、やること、全部出鱈目である。しかし、出鱈目を非難しているのではない、出鱈目だから新しいことが発見され、科学の進歩があるのである。
出鱈目ぶりを上げれば限が無いが、古い例では、人工葉緑素、核融合発電、クロレラ食料、水素自動車等々の実用化がある。それらは20世紀中に実用化すると学者は主張していた(永久に実用化しないだろう)。
極最近の例を見ても、地震予想の可能性があると言う学者が半分、不可能と言う学者が半分である。また、活断層と断定する学者が半分、そうでないと断定する学者が半分である。
更に言えば、科学レベルが低かった時には、学者は数メーターの津波が来ると予測し、科学レベルが上げって来ると、津波予測値は10メーター以上になり、最近では30メーター以上の津波予測になった(真実は責任逃れ)。
従って、そのような学者を相手にして、実害が発生しないようにするのが技術者の役割で有るが、最近の技術者には、そのような概念が無くなってしまったのではないかと、危惧を感じる。
技術者には学者を活用する特権がた与えられている。正しく活用することは、権利であると同時に責務でもある。学者のレベルを判断した上で、安全係数や本質安全手段を決めるのである。つまり安全係数や本質安全手段は技術者の実力を示すことになる。これらを間違えると、結果として事故に繋がるのである。
それにしても、福島原発関連の技術者のレベルは酷い。学者から外部電源は喪失しないこと、津波は数メーター以下であること、を指示された、と、言い訳を張っている。学者の出鱈目を防止するのが技術者の役目である。
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