2015年7月13日月曜日

原理原則と政治

我々技術者の世界では原理原則に乗ってことは進む。原理原則から外れれば技術開発は成功しない。最もよくある例では、エントロピー概念が無いところでは技術開発は出来ない。
其れに対し、政治の世界では原理原則は殆ど関係ないらしい。2、3の例を上げてみよう。
沖縄に関して、交付金や補助金無では沖縄が存続困難なことは誰でも理解出来るだろう。しかるにギリシャが支援金なしで存続可能といっているのが現在のユーロである。短期的解決としては支援方法や支援金額を検討する以外には無い(長期的解決も不可能だが)。
共産党(社会主義)に関して、共産党王朝体制は存在可能であろう。すなわち共産党員貴族と貧困庶民の体制である。これはかってのソビエト、ルーマニアやアフリカの一部、現在の中国や北朝鮮がそれを証明している。逆に共産党福祉国家体制は存在しえない。歴史的にも存在していないし、それに挑戦した国は破滅するだけだ(ギリシャのように)。民主主義も自由も無いのに幸福になれる訳が無い。しかるに共産党福祉国家を目指すと云うのが中国、日本共産党をはじめ世界の共産党の言いである。
国立競技場に関して、これは文化国家と自称する日本の馬鹿話である。現在の案(ザハ)に賛成する政治家は森元を除いて誰も居ない。当然国民の大部分(90%近く)も反対である。しかるに工事は進んでいる。まさに原理原則から逸脱した政治の真骨頂である。

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